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IPEの風 4/2/2007
かつて,ヨーロッパ市民として共に死者を記憶する,Timothy Gordon Ashの小文を読みました.また,オクラホマの官庁ビル爆破事件で亡くなった友人を悼む,少年の姿を記事で読みました.
彼岸だということで,お墓参りに行きました.多くの墓石の両側に花が飾られています.お経も知らないし,お題目を唱える程度で,子供には先祖の幽霊が帰ってくる季節なのだ,と説明(!)しました.すでに時期遅れで,二組ほどの墓参りの家族とご夫婦がいただけです.誰を追憶しているのか,念入りにお墓を掃除する姿が印象的でした.
ときには,家族と国家,市民組織,信仰集団,などを同一視させる事件が起きます.それは多分,さまざまな紛争において,個々の実存に関わる,根深い現時点の問題を,過去の記憶や歴史的経験と,将来への希望・展望を,互いに共有することで,集団として打開する能力が蓄積されるからです.しかしまた,それを正しく運用しなければ,支配的な意見を維持・強制し,外にも押し付ける能力になる,という点でも似ています.
中国もEUもアメリカも,異なった意味で,現代の帝国です.中国は工業化を加速し,世界市場を席巻しながら,資源を求めて世界に進出します.EUは小国を併呑し,国民国家を衰滅させます.アメリカは国益のためなら国際機関を無視し,国際秩序を軍事力によって変更し,外国の住民を支配します.どうせ帝国なら,せめて過去よりも未来を,苦しみより楽しみを,共有する帝国になってほしいです.
EUの悩む「中年の危機 “mid-life crisis”」を,とても他人事とは思えません.子供たちが大きくなれば,彼らの希望がかなうかどうかは,親の問題でなくなります.単純にお金だけ考えても,チョコやプラモで喜んでいた頃と違い,家族の限られた財源を節約し,時間を通じて子供たちに分配する,という難しい話に向かいます.
私は子供たちに,お金より,言葉と人を学ぶように,と教えます.人間は言葉で考えます.多くの言葉を知って,それを的確に使えることは,その人の発想を豊かにし,現実の観察や学習を意義深いものにするでしょう.また,どこでも,何をするにも,人との関わりが重要です.誰かに助けられ,誰かに嫌われ,あるいは共感し,また反発する.人の想いはさまざまです.たいてい,善意だけでは実を結びません.人を理解し,人について多くを知ることが,現実に関わることの中心にあると思うのです.
桜が咲き始めて,入学式や入社式の季節です.桜の木の前で,また良心碑の前で,記念撮影をする父母と若者を見ると,少し嬉しくなります.彼らが高い目標をこのキャンパスで見つけて,まっすぐに取り組んでほしいです.
ややこしい規則・規定,細かい指導,積み重なった時間割,さまざまなガイダンス,・・・ 数千人の新入生たちを迎えるキャンパスであれば,組織の原理として,詳細な秩序を必要とします.それは学生や教員を支配するのではなく,より多くの選択肢の中から,大きな自由を得ることができる仕組みであるべきです.それを生かす気概を持つ者には,ここに集められた知識や可能性が見えるでしょう.
戦争,帝国,そして死者の話を読めば,人間嫌いになるかもしれません.キャンパスが,互いの善意と前向きの意欲を育てる,精神の聖域であればよいのに,と思います.新島襄が大学の前身である英学校を開校したとき,教員は彼を含めて2名,学生は6名だった,ということです.
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