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IPEの風 5/14/2007
「・・・2010年,ロシアはウラン燃料や天然ガスの供給価格で日本政府を苦しめ,Shin=日鉄は中国市場で大きく敗退した後,日本の高炉をすべて廃棄してブラジルに本社を移します・・・」
NHKの報道番組をよく観ます.しかし,昨夜(水曜深夜)の二つの報道には不満が残りました.
まずNHKニュース解説は,日本政府と原子力関連の企業群が協力して,カザフスタンのウラン鉱山やロシアの濃縮・再処理工場を利用する合意に成功した,という日本外交による「成果」を強調していました.これが新しい外交モデルになる,というわけです.
なるほど,軍事力による威嚇や兵器の輸出で外交を有利に展開するのではなく,民間企業の能力が日本外交にとっての有利な条件である,という筋書きはいいでしょう.日本の市場規模それ自体が交渉の際に重要になる,とも思います.
しかし,「今週のReview」で何度も紹介したように,ロシアの核処理施設に依存することは危険です.EUはロシアからのエネルギー供給に不安を強めて,その依存を減らす努力を続けているのです.この点に関する言及を一切せずに,日本の外交を称賛するのでは,NHK解説の政治的意図を疑わせます.
また,ロシアが将来必要な原子力発電所の建設を,アメリカ企業ではなく,日本企業に注文するとしたら,その背景にはアメリカよりも日本の方が威嚇しやすいという事情があるのではないか,と思います.原子力発電の技術やメインテナンスにおける長期的関係を,ユコス国有化やサハリンUの再交渉で悪名高いプーチン政権と合意するには,そのリスクに見合った準備や戦略的思考が日本政府になければなりません.しかし,解説はまったく言及しないのです.
続いて,NHKスペシャル「敵対的買収を防げ」(再放送)は,ミッタルによる新日鉄買収の脅威を強調していました.株式市場を利用した「三角合併」が日本でも認められるようになります.株式交換による企業買収が盛んになれば,株式市場の一つの本質,短期的な売買利益を求めるカジノ,という側面(それゆえ長期投資の破壊)が突出するかもしれません.
それを回避するため,「株主に長期保有を説得する」という対策は,失敗するに違いありません.個人株主の誰も,自分が株を売ったから新日鉄が買収された,とは思わないし,そんな責任を負うものではないからです.他方,買収の話が出れば,たとえ噂でも株価が上昇し,それを理由に買う人や売る人が増えるでしょう.株の売買で利益を得ることの何が悪いか? と言われるだけです.
長期投資や研究開発のために,短期的な利益を無視してくれ,と言っても,それに従う人は少数でしょう.集合行為問題を解決するには,結局,法律や規制で強制するしかありません.たとえば,株式の短期売買を禁止するか利益に課税する,あるいは,集団的な利益を重視する会計制度を工夫する,といったことでしょう.単純には,株の短期売買による利益と経営権とを切り離すことです.
他方,なぜか番組は,通常よく言われる防衛策(自社株買いやホワイト・ナイト,ポイズン・ビル)に言及しませんでした.買収する側も,それを阻止する側も,株式市場というゲームの反社会性を強めてしまうからかもしれません.そうなると,日本企業だけを擁護できなくなるからでしょうか?
番組が紹介していた他の防衛策は二つでした.1.アジアの製鉄企業が株式持合いする.2.新日鉄自身がブラジルに(そしてヨーロッパに)製鉄所を建設する.これらはいずれも,その結果として,ミッタルの買収戦略に含まれる正しい部分を受け入れるものです.ミッタルは,製鉄が国家の安全保障や威信と切り離せない時代から,グローバルに合理化して効率性を競う時代を展望しています.
ミッタルがヴェルサイユ宮殿を借り切って結婚式を挙げたり,フロリダの億万長者や東欧のヘッジ・ファンドが登場したり,ミッタルの鉄による世界制覇は,その一部になるヨーロッパや日本で企業が大切にしてきた伝統や信頼関係,技術の蓄積を無視している,と主張したいようです.かつて,鉄は国家や軍事力でしたが,今も,製鉄所が多くの労働者の職場であり,家族や地域の生活を支え,関連産業の広がりと景気変動の影響を介して,その国の経済運営の責任と切り離せないのです.
なぜミッタルは新日鉄の買収を公言しなかったのか? まだ,ヨーロッパ市場では争いたくなかった,そして,急速に拡大する中国市場では競争して勝てる,と思ったからでしょうか? 日本の自動車メーカーに対して,アメリカ企業が抱いてきた(サプライヤーや為替レートに関する)不満は,自動車だけでなく,素材や部品メーカーが海外展開し,供給先を広げ,技術を売買し,それができないなら企業ごと買収する,という時代の変化によって解消されつつあります.
これほどの買収を行っても,なぜミッタルは儲けられるのか? 世界で鉄の需要が増大しているからでしょう.もし鉄価格が下がれば,資産を切り売りするか,独占市場で価格を引き上げると思います.それに対抗して,新日鉄は優れた技術を利用し,日本市場や海外の日本企業,それ以外へと販売を拡大します.そのために,日本以外の生産拠点を拡大するでしょう.つまり,自ら,もっと優秀で社会的に尊敬されるようなミッタルを目指すわけです.
ミッタルと新日鉄の違いを問いかけたNHKスペシャルは,「新日鉄を守れ」というスローガンではなく,いくつかの問いを残しました.つまり,1.株式市場は今も社会的に見て望ましいシステムか? 2.技術開発は誰が担い,どのように普及するべきか? 3.国籍(国民国家)や帝国主義(国家)が経済の意思決定を支配して良いのか? 4.個人資産(私的所有)と経営権の結びつきは必要か? などです.
市場価格=利益原理,と,地域自律=自給原理.二つの原理は対立しますが,安定した社会秩序を維持・再生する点で補完的です.ヨーロッパでもアジアでも,それらの実体を法や制度,慣習として実現する試みが続くのでしょう.
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