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IPEの風 6/25/2007
作家,重松清の語る「人物伝・開高健」を観ました.私は開高健が好きで,特に戦争に関する小説を耽読しました.戦争をめぐるルポルタージュとその人間観察に感銘を受けました.
たとえば,ベトコンを支援する村人の意志を挫くために,彼らの信じる神魚(もちろん,そんなものがいるとは思っていない)を殺そうとして,村の池を爆破し,水を涸れさせる作戦の愚かさ,非道さを描いた文章が,私は好きでした.開高は言葉の虚構によって,人間の内奥を描くことにこだわります.ベトナム戦争に従軍記者として参加し,少年兵の公開処刑やジャングルでの接近戦を体験して,終に『輝ける闇』を得ます.しかし,小説を書けなくなりました.
「事実は一つ.解釈は無数.」
ベトナム以後,開高は人間の内面を直接に描こうとしたようです.私小説に回帰した形式が,私は嫌いでした.彼の最後の作品だ,という一冊の文庫本,『珠玉』を買いました.しかしこれはパラパラめくっただけで,死を予期した開高が,幼い愛人とセックスを楽しむ夢の話かな,と思って放っていました.
第一話.アクアマリンを集める老人.彼の息子は行方不明です.
その老医師は,医学部の学生であった息子がスキューバ・ダイビングに一人で行って遭難し,流されたのではないかと,毎月,福岡から東京へ出てきて,警視庁の本庁を訪ねました.しかしそんな生活にも耐えられず,自分の病院を処分して,船医になって世界中の海を旅します.
「すでに妻は彼岸に去って久しくなり,今また息子が海で分解したのなら,家や,財産や,地所を持っていたところで,どうってこともない.息子のあとを追って海へ出よう.」 この老いた偉丈夫が,息子の下宿で深い悲しみに襲われ,溶解します.
第二話.書けない小説家.アルマンダイン・ガーネットを借りる.
開高は小説によって自分の死も受け入れました.・・・「サケは親を知らないで生まれ,子どもを見ずに死ぬ魚である.サケの死体はウジをつくりだすけれど,さまざまな栄養に分解して川へ流れ,プランクトンを生みだし,川をミルクの流れに変えるのであろう.それを食べて仔魚が育ち,海へ旅立っていく.川は土を養い,草を育て,木をはぐくむ.その木は風に倒れて腐って土を養い,キノコを育て,虫を集め,その虫を食べる鳥やネズミをふやして,森を看護する.」
彼は,その輪廻を肉視できた,と書いています.小説としては,破綻した,どうでも良いような,あるいは,辛い話が並んでいます.
「 道 道 無 常 道
天 天 小 有 天 」
小説家にガーネットを貸してくれた中国人の店主は,こう書いた額を飾っています.「この世に絶対不変の道,絶対不変の真理などというものはないのだ・・・ 毎日,ささやかな別天地というものはある.」 「口に出して言えるような真理はたいした真理じゃない.」
石の力で,小説家はいくつかの記憶を再生します.そして,多くのベトナムも.・・・兆弾を腹に受けて内蔵が流れ出す兵士の眼には,乾いた膜がかぶっている.「まるで日なたぼっこする人のようにひっそりだまったままで彼らは落ちていった.」
そして,楽しく,快活に,性愛の時を過ごす第三話.開高は,1989年,バブルが終わる前に亡くなっています.
雨宮処凛氏の『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)を読みました.どこを読んでも刺激的で,本を持ったまま考え込んでしまう,現実感覚が鋭利な刃物になって,社会の病状に突き刺さる,気負ったところなどなく,対話調で読者と向き合っているのに,その話はとても重たい.
開高健が,これほど人間から夢や生気を奪ってしまう社会の姿を見る前に世を去ったのは,幸せだったかもしれません.あるいは,彼が生涯苦しんだベトナムの非人間性,人間と組織の闇を再び目にして,文学者の闘志を蘇えらせたかも知れません.
ブッシュと違う意味で,雨宮氏もここが「無法地帯」であり,「これは戦争だ」と気づきます.若者がうつ状態で自殺したり,犯罪者になるしか生きられない,と思う社会は,まるで占領下のパレスチナ,最貧国のスラムではないか? もやい,過労死裁判,フリーター労組,PAFF,POSSE,などの団体や組織化,告発,行動が,社会を変えるに違いないのです.
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